白いドーナツと青い海
自転車で下り坂を下っていると、そのまま海へとつながっているように見えます。
両脇には棚田が広がり、右手をよく見ると、天井に穴があいた白いドーナツのような不思議な物体が。春の空は、海と同じような清々しい水色です。心身ともに癒やされる。そんな陽春の景色に出あいました。
瀬戸内海の豊島(てしま、香川県土庄町)は、現代アートで有名な直島と、オリーブの島、小豆島の間にあります。四国の高松港や岡山の宇野港から船が出ています。
高松からの高速船は、直島の本村港を経由して豊島の北西岸にある家浦港まで約50分。島をゆっくり歩いて巡ることもできますが、坂道も多く、電動付き自転車をかりるのがおすすめです。
訪れたのは3月の半ば。道ばたには水仙や菜の花が咲き、サクラもちらほら咲いていました。瀬戸内の島らしく、レモンの樹に黄色い実がなっています。春の里山は、単色だった冬の山肌に淡い絵の具をたらしたように多彩で、山そのものが美術のように感じられます。
ペダルをこぎ、ひたすら道なりに進むと、唐櫃(からとう)地区にたどり着きます。道路わきの放牧地では、黒い牛が春眠しています。
謎の白いドーナツは、穏やかな田園風景の中に突如あらわれます。
正体は「豊島美術館」。第1回瀬戸内国際芸術祭が開かれた2010年の秋に開館し、公益財団法人の福武財団が運営しています。鉄筋コンクリート造りとのことですが、遠くからみると、何かやわらかい材質でできているように感じました。
まるで空から不時着した未確認飛行物体のようです。
靴をぬいで中に入ると、内側の壁面も床もすべて白一色。青い空や、風にゆらぐ新緑の樹木など周囲の風景が、窓のように開いた空間からみえます。
床では、見落としてしまうほど小さな穴から水がぽっとわき出ては、水滴となって床をはうように流れていきます。水の流れを見ていると、まるで生きもののようです。
「不思議な空間」でした。きっと、現代美術が好きな人にとっては、長時間いても飽きることがないのでしょう。
さらに自転車をすすめると、唐櫃港を経て島の東岸にたどり着きます。
海を挟んで小豆島がどんと構えています。豊島から見ると、小豆島の大きさを感じます。
瀬戸内海を挟んで、岡山県側の海岸線も見渡せます。
過疎化で豊島の人口はすでに1千人を下回っていますが、集落のほとんどは岡山側に面する北側にあります。島は行政上は香川県に属していますが、生活の結びつきは岡山の方が強いようです。
豊島を語るうえで忘れてはならないのが産業廃棄物の不法投棄事件です。島の西端の山野に高度成長期、都会などで出た大量の産業廃棄物が不法投棄されました。土壌汚染に海洋汚染、悪臭等で周囲の自然環境も破壊されます。
島の人々は香川県に業者を規制するよう求めますが、なかなか動きません。当時の住民からは「香川県脱退運動」が起きたともいいます。事態が動き始めたのは警察が不法投棄の摘発にのり出してから。それも地元の香川県警でなく、兵庫県警でした。
裁判所を舞台にした住民たちの長い闘争の末、2000年6月、香川県との間で公害調停がようやく成立しました。不法投棄された大量の廃棄物は隣の直島に運ばれ、施設で処理されました。しかし、現場ではいまなお地下水などの環境浄化作業が続いています。
自然環境が破壊されれば、もとに戻すのがいかに困難かを教えてくれます。
島の玄関口、家浦港にはこんな看板が立っています。
「豊かなふる里 わが手で守る」
豊島の人々の長年の努力のおかげで、島を訪れる多くの人がやすらぎを得ているのです。
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